ケータイ新社会学 TOP

このサイトについて

若者の活字離れが叫ばれて久しい。少子化による市場の縮小とあいまって、出版市場全体では一九九六年の二兆七○○○億円弱をピークに、二○○三年には二兆三○○○億円まで減少している。それも、「ハリー ・ポッター」という超ミリオンセラーが出た上での数字だから、出版界の置かれている現実はかなり厳しい、と。ところで、学生時代に作文が得意だったという人は、どれくらいいるのだろうか。日記を書こうとして、三日坊主だった人も少なくないはずだと思うのだが。ところが、今の若者はおそらく毎日、ケータイメールを打っている、それも何通もである。短いメールとはいわば作文の一種。見方を変えれば、作文をしている人の数は日本の歴史が始まって以来、最大になっているのではないか?
通常「活字離れ」という場合、読書をしないことを指しているが、メールを読むことを読書の一部とすれば、活字離れという指摘は当たらない。それどころか、作文をしていることを考えると、日本人の国語能力を高める一助に、ケータイメールはなっているはずだ。
いや、そうでなくてはならない。
以前、漫画が日本人の思考能力を阻害するとして槍玉に挙がったことがあったが、今や日本のアニメは「ジャパニメーション」として、世界を席巻している。欧米の若者は日本を「クール(かっこいいこと賞賛し、特に日本独特の漫画文化を高く評価している。もしかすると日本から生まれたケータイメールという双方向活字コミュニケーションだって、新しい文化を生み出す胎動かもしれないのだ。闇雲に否定ばかりしていては、進歩は生まれない。
実際、「Eメール小説」や「ケータイ文学」というジャンルが確立されつつある。アクセス数(読者)の多いEメール小説は、単行本としてリアルな世界に登場し、そこでも販売部数を伸ばしている。
代表的なのが「DeepLove」だロケータイ小説として注目され、リアルな本として出版されるとシリーズトータルで二○○万部を突破。映画やテレビドラマ化までされるほど大きなブームを呼んだ。二○○三年には、「あさよむ携帯文学賞」(時刻表情報配信大手のジヨルダンが主催)という、ケータイに配信する小説を対象にした文学賞も始まっている。ケータイ文学は、新しい形の小説として定着する気配だ。
一方、ケータイメールならではの文化として、カッコやセミコロン、ハイフンなどの記号を使って、漢字やひらがなを置き換えていく作字もはやっている。以前、作家の山根一員氏は、若い女の子が好んで書いていた丸文字を「変体少女文字」と命名したが、ケータイメール独特の文字は「変体ケータイ文字」とも呼ぶべきもの。メールを送りあう仲間だけが解読できる暗号のようで、仲間意識を共有する重要なツールにもなっている。また、顔の表情を表した顔文字は、「絵文字師」という職業が誕生するほど、既にポピュラーな存在だ。
二○○三年十二月、中国・北京で、インターネット業界の関係者が注目する判決があった。訴えていたのはオンラインゲームのユーザーで、ゲームの中で自分が作った武器の所有権を巡り、オンラインゲームの作者と争っていたのだ。判決は、ユーザーの勝ち。バーチャル財産権訴訟の先例として、世界中に影響を与えるだろうといわれている。
そのうち、「絵文字師」が作るさまざまな絵文字や顔文字にも、バーチャル財産権が認められるかもしれない。そうなれば、日本のメール文化は漫画と同じように、世界をリードする可能性だつである。たかがケータイメールとあなどってはいけない。

最新のコンテンツ

日本のケータイが活字文化を救う?

管理人の一押し情報

Copyright(C) ケータイ新社会学 All Rights Reserved.